2011年08月06日

「マンガの森」

「マンガの森」というWEBまんが評のサイトさんにご紹介いただきました。
管理人のkureoさん、ありがとうございます。
サイトはこちら

かなりの勢いでお褒めいただいております。
お恥ずかしいですがうれしい。

記事はこちら
無造作なる探検

>作者のわがまま勝手なんかじゃない、すべては、表現の必要なんだ
という部分に救われる思いがしました。ありがとうございます。

構想20年は本当です。
最初にメインキャラを作ったのがその頃、全く違う話でしたが持ち込みで没に。
その後リメイクを考えたり、2000年を過ぎた頃に改めてストーリーを作り直し連載企画として持ち込んでみましたが再び没に。
しかし一部の設定がどうしても自分の中で引っかかり、その部分だけでも描いてみよう・・・と思ったのが今やっているものです。
いずれ経緯なども記そうと思っていますが、忘れないうちに書き留めておいた方がいいような気がしてきました。

WEBマンガ。
以前はあちこち見て回っていましたが、最近はあまり他のサイトは見なくなってしまいました。
閉じてしまった、更新の無くなったサイトさんもあるでしょう。しみじみ。

それでふと思ったこと。
たとえばプロとして雑誌に連載第1回目を描くということは、
第2回目も描くという約束をしたのと同じだと思います。
出版社とは連載時に契約もなにもありませんが、描き続けます、という意志を作品の発表と同時に、読者に対しても見せたことになるんじゃないかと。
しかしWEBマンガはいつ止まってしまうか、終わってしまうかわからない、
あやふやなものです。
作者さんの都合次第、気分次第。
しかし読者との距離が近くもあるので、特に告知もなく止まっているときは、
どうしたの?待ってますよ!という言葉を直接投げかけることもできる。
その後は作者さん次第ですが、
なんというか、違う世界に存在するものだな、と改めて思いました。
WEBマンガとしての祝う日、がんばりたいと思います。
亀ですけどもうやだ〜(悲しい顔)

追記:kureoさんからはメールを送っていただきました。
ありがとうございました。
posted by ゆかわ at 09:06| Comment(4) | 祝う日情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
有川先生、作業お疲れ様です。
着々と「祝う日」の続きが作られていきますね。
ちらほら見える絵が想像をかき立てられます。

僕は雑誌連載もWEBマンガも経験の無い人間ですが、
表現するフィールドの選択肢が増えるのは、きっと良い事ですよね。
今日こうして「祝う日」が読めるのも、そんな時代の変遷と
先生ご自身の作品に対するこだわりの賜物ですから。
背景に隠された経緯というのも、機会があれば是非お聞きしたいです。

それと(以下、少し前の記事についてのコメントで申し訳ありませんが)
「きっちりした絵が見ていて疲れる」の件、すごく共感できます。
これは描く側の人間特有のものでしょうか。それとも単純に性分的なもの?
どうしても作業中の大変さが窺い知れてしまう(笑)のもありますが、
個人的に機械が描いた様な印象を受け、味気ないと感じてしまいます。
「ゆらぎ」が無いというか・・・
僕が先生の絵に魅力を感じるのは、その対極にあるからだと思います。

では、今日も暑いですが体調崩されませんよう、お気を付けて・・・
WEBマンガ「祝う日」の制作、有川先生のペースでがんばってください。
Posted by m at 2011年08月06日 15:35
mさんこんにちは。
祝う日のできるまで、というのはいつか落書きまんがにでも、と思っています。

きっちりした絵>アニメの場合は一枚一枚の絵としてきれいに成立させることに比重が置かれて、動きそのものをスムーズに感じない場合、少々それが気になったりします。
自分の場合は性分の割合が大きいと思います。

本当に暑さはつらいです・・・
お気遣いありがとうございます。
Posted by ゆかわ at 2011年08月07日 12:02
お邪魔します。

勝手によみ、
勝手に紹介した、ワタシです。

お礼なら、
ご自身の高い能力やマンガ表現に
いってください<笑>

>作者のわがまま勝手なんかじゃない、すべては、表現の必要なんだ
という部分に救われる思いがしました

はあ〜そうですか、
って感じですねぇ。
ひるがえって考えてみるに、
ご自身の表現にわがまま勝手を感じている、
ということなのかなぁ。

Webのひとつの性向として、精神的所在で
ある、ということがいえるかも知れませんね。
リアルは精神と肉体の所在で、
なんですか、その、連載云々にしろ、
そこには肉体の所在が関与してますから、
その分、”蒸発”するのが難しい。
反して、Web上からの蒸発は、、、
というところでしょうね。
肉体を消し去るのにはたぶん、
比較的大きなエネルギーが要るでしょう。
精神は、蒸発に呼応する、気体的な性向
をもつものでしょうから。
わりあい、消える<笑>

たしかにWebでの持続的滞留は綱渡りの
側面をもつでしょうが、
とはいえ、
精神と肉体の結合なるリアルにしろ、
それは本質的にはかわらない、
わたしたちの命脈は、たえず、
精神的所在の性向をもつWeb上での
それとかわらず、
問われ続けているものでしょう。
だったらWeb上の所在における
持続的滞留の危機・危険は、
多少ならず、リアルにひそむものをむしろ、
なにがしか、凝縮的に、ともいえ、
反映したものである、とも、
いえるのではないかと、、、。

まあ、すこし、転倒的な思索ですけど。


Posted by 当のモノ at 2011年08月08日 13:27
当のモノさんいらっしゃい。

>ひるがえって考えてみるに、
ご自身の表現にわがまま勝手を感じている、
ということなのかなぁ。

詳しく書きましょう。
自分が独りよがりになっていないか、通じない表現になってしまっていないか、
人に読んでもらいたいがために描く者にとっては、それは大事な部分なのです。
気にしている部分なので、「独りよがり」だと思われたら嫌だなあ、といつも考えています。
かといってわかりやすさのみを追って、薄っぺらな表現をするのも嫌なのです。
その辺がわがままと言えばわがままです。
しかし、少なくともおひとりの読者さんには、
自由な表現がちゃんと表現として伝わる、
ということがわかったので、
今回はほっとしたということです。

もちろん完璧な表現ができているとは思っていませんので、
あーでもないこーでもないと時間のかかる羽目にもなってしまいます。
悩み過ぎも良くないので、すこーんと抜きたいところは抜きたいし、
それも含めて楽しんでいただければというかんじでございます。
急に質が下がったらその時はごめんなさい(笑)


WEBを精神的所在としている人の事情はわかりませんが、
まんがサイトさんの場合、消えたり止まったりするのは
漫画を描いたり、それをアップしたりする時間が
裂けなくなったという場合が少なくないと思われます。
その人の描き方、作り方にもよりますが、
漫画を描くにはそれなりの手間暇がかかります。
読者さんにそれをわかって欲しいとは言えませんが、
WEBの場合はお互いの距離が近いが故に、
「お察し下さい・・・」と言いたい時もあるかもしれません(^_^;)
色々面倒になって、もうサイトごと全部消しちゃおうかと思うこともありますよ(笑)
実際はしませんけど。
とりあえず、お気楽にご覧下さればと思います
Posted by ゆかわ at 2011年08月08日 18:42
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