2019年01月21日

「他人事ではない」という感性。

あんまりこちらでニュースはあつかわないんだけど、ちょっくら。
物語を創作していて、とあるキャラの生存フラグを見つけようとして結局無理ぽい、というところだったもので、
興味を引かれた、というのもあります。



昨年、九州の大学の研究室に住み込んでいた研究生が立ち退きを迫られ、研究室に火をつけ自分も、
という記事がありその続報。

九州大学 ある“研究者”の死を追って
2019年1月18日 16時49分
NHK NEWSWEB
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20190118/k10011781811000.html?fbclid=IwAR0RenOu-HUxJrTAGuDnxfFmTEv1Lx8vQ8skNbhh6ZSSLihm_RFDy1KCZPo

〜事件が起きた9月7日は、研究室の強制退去の日だった。“研究者人生”が詰まったその場所で、炎に包まれたK。遺書は見つかっておらず、その死をめぐっては、いまだにわからないことが少なくない。

●もちろん彼の考え「全て」はわかる訳がないですけど、この書き方、ちょっと引っかかってしまって。
この記事書いた人、ほんとにわからないんですかね。
もちろん「わかる」なんてことも書けるわけないけど、それこそ「他人事」のように思っているのだろうという気はしてしまいます。
逆にこの取材以上の、何を知りたいのかな、とか。


〜ともすれば、この事件は注目を浴びることもなく、忘れ去られていたかもしれない。しかし事件後、その死をめぐり思わぬ波紋が広がった。ネット上に、「あすはわが身」など、Kにみずからの境遇を重ね合わせる研究者たちの悲痛な叫びがあふれたのだ。Kの死が投げかけたものはなんだったのか。私たちはその人生をたどることにした。(報道局社会番組部ディレクター 森田徹/福岡放送局ディレクター 水嶋大悟、水野景太)

●ネットでバズった?ため着目されたようです。
研究職とは無縁である私も気になっていたひとりです。
今回の記事を見たのはたまたまでしたので、運が良かったです。
後追い取材をして下さったことに感謝します。


前の記事。

九大箱崎キャンパス火災 元院生の男性 放火し自殺か 身元判明、福岡東署
2018年09月16日 06時00分
西日本新聞
https://www.nishinippon.co.jp/nnp/national/article/450029/

〜研究室の移転も始まっています。宝くじが当たるなどしない限り、泥沼から脱出できないでしょう(7月27日)

〜男性と長年交流のあった元九大教授の木佐茂男弁護士は、男性の心中をこう推し量る。「彼は純粋に研究する場が欲しかったはず。労働と研究の両立が困難で、思いあまったのかもしれない。(学舎と)一緒に灰になってもいいと思っていたのではないか」



●生存フラグがあるとすれば、
行く場所がないんです、世話してもらえませんか、あるいは誰か紹介してくれませんか、
とはっきり言うことだったかも知れません。
言いたくなかったのではなく言えなかったのではないか、と私は思いました。
困窮してることはみんな知っていたけど、本人が助けてといわないと助けてくれないものかもしれません。

最初の報道では、気の毒に思いつつ放火なので迷惑なことをしたものだとも思ったんだけど、
衝動的な行動でなければ、自死者の選んだ最後の場所には意味をともなうことがあります。
学校でいじめられた子が学校で、職場トラブルのあった人が職場で、家から出たくなかった人が家で、など。

知り合いにあたる人が、になるけど、こんな状況では(死ぬかどうかは別として)この人まともに暮らしていけない、とわかったときに
なにか手助けできる自分であろうか、というテーマも見つけました。
自分の懐の余裕もないだろうから、一緒に役所に相談しにいくとかしてあげたい。
困ったら公共サービスを受けられる場合があるから、相談しに行ってみましょう。
できれば複数人で行った方がいいかもしれません。


生と死にまつわるエトセトラ。生は性でもあり、食でもあり。

労働中。


posted by ゆかわ at 03:36| 東京 ☀| Comment(0) | メモ覧 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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