2020年09月05日

ビリー・オーシャン「ゲットタフ」および1984年の映画の話

シネマトゥデイ「キング・ソロモン」の解説でも触れられていた
84年の「ロマンシング・ストーン 秘宝の谷 」

見たかったけど未見。
テレビ放映もあっただろうけど巡り会わず。
監督はゼメキスなんですね。

この映画公開の頃、別の映画を観に行って、
休憩の間にこの映画のプロモ映像と、主題歌の「ゲットタフ」が流れていました。
客電ついてるからちょっと明るくて画面も見にくいし、
コレ見たい人はトイレ行けないじゃん!
帰ろうと思ったのに、見ちゃうじゃん!
という、
これはなかなか素敵なプロモだな。。。。
と思いつつ入り口付近でスクリーンを眺めていました。
今かかってる映画の後の上映予定だったのかなと思います。

私は何を観に行ったのか・・・
そこはどこの映画館だったのか。


1984年の日本公開映画

夏だった気がしますが思い出せない・・・

もしかしたら友達と観に行ったインディ・ジョーンズか・・
ひとりだった気もするんだけど、トイレに行った友達を待ってた間に見たような気も。
映画鑑賞は基本ソロ活動だったので、友達と行くパターンは珍しいのです。
映画の日で混んでたのを覚えていて、当時の映画の日を調べると9月1日に該当するぽいので、そこあたりかも。
しかし1984年9月1日は土曜なので、当時は土曜半ドンでしたから午後から映画観に行ったのかな・・・
映画の日だから友達が何か見に行こうと言いだして、見たいのがインディ・ジョーンズしかなくて、というノリだったかと。
「インディ・ジョーンズ魔宮の伝説」は公開時期からは結構たってたから空いてると思ったのに、みたいなことも思った気がするのでやはりここかな。
というところまで思い出しました。
もしくはレンズマン・・・ こっちかな。



懐かしいタイトル発見。
当時は積極的ホラーファンだったので「アギ  鬼神の怒り」観に行っちゃいました。
「アギーレ 神の怒り」とは無関係だと思われます。
(追記:監督がもじってつけたというツイートなど有り。)
ちっちゃい上映館でちょっと緊張しながら。
今はJホラーとかがんばってますけど、当時の日本製ホラーと言えばあんまりぱっとしなくて、人気タイトルは洋画ばかり。
そんな中、比較的特殊メイクをがんばりました!という触れ込みの。
うん、確かにメイクはがんばってる!という感じだったと思います。
内容はあんまり覚えてないけど赤星昇一郎さんが出てました。
年間でも随分観てたんだな。
懐かしいです。



主題歌もヒット、タイトルの「ロマンシング」という言葉がちょっと流行って
ゲームタイトルなどに流用されてました。

映画出演者とビリーオーシャンのPV、楽しくて良いです。


Billy Ocean - When the Going Gets Tough, the Tough Get Going (Official Video)



ラベル:映画 動画
posted by ゆかわ at 06:07| 東京 ☀| Comment(0) | むかし話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年06月22日

漫画原稿料のはなし

ノートに書いてきました。

https://note.com/stlowika/n/n7936ce8610aa

カテゴリは
むかし話かな。

posted by ゆかわ at 07:35| 東京 ☁| Comment(0) | むかし話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年04月21日

ザ・ウルトラマンとウルトラマン80の再放送

今の所なんとか追いついてるyoutubeの80

『ウルトラマン80』
第3話「泣くな初恋怪獣」

-公式配信- 2週間限定配信 ULTRAMAN 80 Episode 3

ザ・ウルトラマンもあったので見てみたら、
制作はサンライズですが隊長はコンドルのジョー(名前はゴンドウ)みたいだしメーテルみたいな女性も出てるし、なんかカオスな作画・・・
これは円谷のオーダーでこうなったのでしょうか。
op、edの映像はいいかんじで円谷っぽさも出していて、良くできてると思いました。

本放送時はあまり見てなかったのですが、opとed曲が良いので好きでした。
特にエンディングの「愛の勇者たち」は名曲だと思います。

『ザ☆ウルトラマン』
第47話「ウルトラの星へ!! 第1部 女戦士の情報」

-公式配信- 1週間限定配信 "THE ULTRAMAN" episode 47 -Official-

もうすぐ終わるのでお早めに。


で、これを朝の時間帯に放送してた記憶があって、夜から朝に時間帯が変わったのか、または再放送だったのか調べると
wikiでは
1979年(昭和54年)4月4日から1980年(昭和55年)3月26日まで、 TBS系で毎週水曜日19:00 - 19:30に全50話

とあり、朝に移動した記載は無し。
朝の放送は、土曜朝7時台だったと思います。
地域は東京です。
家族はすでに起きてるんだけど自分だけ寝ていて、寝ながら「愛の勇者たち」を聞いたり、早めに起きて一緒に見てたりしました。
6時台ではまだ家族は起きてないし、8時台では年寄りがNHKを見るため変えるので7時台であると思います。
80年代であることは間違いなく、するとこれは再放送だったのかと思います。
自分の記憶としてメモしておきます。

イントロで掴まれる〜

ザ☆ウルトラマン (Ultraman Jonias) ED - 愛の勇者たち (Heroes of Love - w/ English Subs)



ウルトラマン80は再放送がなかった、としている記事がネット上にありましたが、実際のところ、再放送はありました。
これはTBS早朝5〜6時台です。多分、80年代のどこかだと思います。
実家で、自分ひとりで起きて見ていました。
眠いので本編はこたつで寝ちゃって、タリスマンのファンだったからとにかくopとedが聞きたい!という一念でがんばってました。

出演者のひとりである白坂紀子さんは、TBSの番宣番組「夕焼けロンちゃん」でロングおじさんのアシスタントをしていた新人アイドルでした。
番組で呼ばれていた「のんちゃん」の愛称まんまで80にも出演。
「のんちゃんが出てるから」というのも見るモチベになってました。
多くの人がそう思ったように、あの鼻には違和感があったし怪獣もださかったので、当時の印象としてはちょっと微妙でした。
今見てみると話が面白いし、これも言われてるように、確かに殺陣がすごいです。
ウルトラマンの中の人がソバットを!とか、確かにプロレスみたいなクオリティ。

私が生まれて初めてタリスマンを見たのも、夕焼けロンちゃんでのスタジオライブでした。
新番組のウルトラマンが始まるからとのことで、バンドが招かれ演奏を披露したのです。
生演奏だったかどうかはわかりません。
ちょ・・・
こ・・・・こんなカッケー曲がウルトラ主題歌に・・・!
見なな!
みたいにテンション上がりました。
これもメモしておきます。




すごいのがあった。初見ですありがとうございます

「ウルトラマン80」歌:TALIZMAN
1980年3月20日「これがウルトラマンのすべてだ! 大集合ウルトラマン・80新登場!」

スタジオにちっさいおっさん来た・・と思ったらこの声でこの歌ですよ。
びっくりしますよ。
木村さんはもっと髪が短くて、ひげはなかったような。
コメに「ゴダイゴかと思ってた」という人多数・・・声 違うやろ?(´ー`)
しかし関係はあって、時々ゲストでゴダイゴの浅野孝已さんが入ったりしてるはずです。
つい、あさの「たくみ」さんと思ってしまう・・・
この映像の人は違う気がします。

posted by ゆかわ at 10:12| 東京 ☀| Comment(0) | むかし話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月19日

すきま

引き続き労働中。
部屋が荒れ放題・・・
洗濯もたまり放題。
手洗いしないといけないのでたまります。

以下にっき。

幼稚園をさぼる幼稚園児でした。
https://note.com/stlowika/n/n719e8a9ee0ea


posted by ゆかわ at 07:41| 東京 ☀| Comment(0) | むかし話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年12月07日

えいようビタミン

体調が崩れまして、いつものパターンですがなかなか戻りません。。
今回はおや風邪かな?と思ったらそうじゃない流れになったのでまだよかったです。
吐かなくなったので念のためみかんを食べてビタミン補給します。
だいたい2,3日で治るのですが起きてるのがちょっとしんどい(´Д`)
かといって寝過ぎもよくないので難しいです。

昔から不定期で体調崩すのですが、体調も崩れず風邪も引かない人にこういうのを伝えるのがけっこう難しいです・・・
家族でも私とイカ母が似た体質、その他の人は大丈夫なので、
たまに倒れ伏していると、さぼって寝てる!みたいに思われたり。
イカ母がナカーマで理解してもらえるのはよかったけど
多分イカ母からの遺伝なので・・・
血の繋がりを感じつつちょっと複雑な気分です。


ふと思い出したんですが8〜90年代にビタミンサプリブームがあって、
タブレット系のお菓子の出始めでもあり
ビタミンC入りのタブレットとか飲料とかとにかくたくさん出ました。

Cを水に溶かすシュワシュワするの好きで、薬局でよく買いました。
赤いパッケージで丸いのが4個入り。名前なんでしたっけ。
また飲みたい。
鉄もありました。鉄のパッケージは緑。
その頃出たファイブミニとかC1000タケダなんかはまだありますね。
今は「タケダ」が取れてたと思います。
ファイブミニは山田邦子さんがCMキャラでした。

発見。このバージョン始めて見ます。いやちょっと記憶あるかな

【80s】 懐いCM 山田邦子 大塚製薬 ファイブミニ

最後の しーせんたっけっだ♪ っちうのは覚えてます。女性はちはるさんかな?

【90s】 懐いCM 島田伸助 武田薬品 C1000タケダ

その頃はアシスタント死ながら(誤変換ママ)そういうのよく飲んだり食べたりしてたのに
今はさっぱりです。
年取ったからむしろ必要なのに。
意識してとってみよかな。
posted by ゆかわ at 08:38| 東京 ☁| Comment(0) | むかし話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年11月10日

ゾンビの思い出とか

検索してたらこんなのを見つけてしまいました。


「ゾンビ-日本初公開復元版-」本予告|2019/11/29(金)公開

「ゾンビ」日本初公開復元版、11月29日公開! “惑星爆発の光”とらえたビジュアル発表
2019年8月30日 16:00
https://eiga.com/news/20190830/16/

いい肉の日公開だそうです。
ホラーなおじさん達が集合しそう(´ー`)
その筋で今ではロメロ版が「本編」みたいな扱いですが、確かに興味深くはあります。


バージョンがたくさんあることに関してはこんなインタビュ−が。

『ゾンビ』のバージョン乱立の裏話(ロメロ本人によるインタビュー証言あり!)
2018.11.16
https://www.thecinema.jp/article/727

以下引用




−−『ゾンビ』には監督の手がけたバージョンは127分のアメリカ劇場公開版と、139分のエクステンデッド・エディション(ディレクターズ・カット版)がありますね。


ロメロ 僕自身、いろんなバージョンが出ているのは知ってるんだけど、それぞれのバージョンを全部は観ていないし、どれがどれだかよくわからない。契約上ダリオ・アルジェントがヨーロッパの公開版の権利を有し、彼がカットするという条件だった。それは彼の方がヨーロッパの観客の好みを知っていて、僕のほうがアメリカの好みを知ってるからっていうことで、だから僕がアメリカ公開版をカットした。それがオリジナル版かと言われればそれかもしれないし、ダリオのカットしたものもあるし、僕が一番最初にオリジナルをカットしたものもある。だから何をもってオリジナルかというのはわからないし、よく特典映像とか言って誰も観ていない映像ってのがあるけど、そういうのは僕も見てないくらいでね(笑)。いったい誰が撮ったんだというような映像があるもんね、『ゾンビ』には。

(中略)

 そもそも、なぜこうしたバージョン違いが生じたのかは、ロメロが言及したとおり流通権の分与が起因となっている。国内での資金調達に限界を覚えたロメロと製作会社「ローレル・グループ・エンタテインメント」の代表リチャード・P・ルビンスタインは、資金援助を海外に求め、同社の渉外担当であるアーヴィン・シャピロを通じて『ゾンビ』の脚本を海外の映画関係者に配布。それに反応したのが、当時最新鋭のサラウンド音響設備を活かしたいという理由で作品を探していた、プロデューサーのアルフレッド・クオモだったのだ。加えて氏がダリオ・アルジェンドへと脚本を手渡し、彼らはヨーロッパと極東、そして日本など英語圏以外の権利と引き換えに、イタリアの映画製作会社「ティタヌス」に流通権を販売。投資をバックアップしたのである。





とのことです。

その筋では、アルジェント版はロメロオリジナルからの改悪版なので日本公開版も含めよろしくない、みたいなご意見がありますが
「興業上のバージョン違い」みたいなものかと。
アルジェント版の冒頭テレビスタジオシ−ンはいかにもアルジェント風なので
アルジェントが撮ってつけたのではと想像できますし、それはそれで楽しいかも(´ー`)
確かに雰囲気は異なりますが、ゴブリンの曲が好きなので私はどっちもありです

1129の日とかwikiとか見てたら公開当時の様子などを思い出してきて、
その頃列島はオカルト映画が流行、アルジェント監督も「サスペリア」で話題をさらっています。

「エクスシスト」
米で1973年12月26日、日本で1974年7月13日公開

「オ−メン」
イギリスで 1976年6月25日 日本で1976年10月16日公開

「サスペリア」
イタリアで1977年2月1日、日本で1977年6月25日公開
(いずれもwikiペディアより

オカルト映画花盛りですねえ・・・
マニアだけではなくみんな観てましたから。
あの頃に戻って再体験してみたい。

「ゾンビ」は
1978年9月にイタリアで公開、日本では1979年3月に公開

特にエクソシストの大ヒットは凄まじく、
ここからずっとオカルト映画のターンみたいだったところへの
生ける屍降臨。
これはある意味事件です。

オカルトは神や悪魔、心霊現象などを扱うジャンルで、
「ゾンビ」も作中で宗教的なものと結びつけられてはいますが、
(ちなみに原題は Dawn of the Dead, 「ゾンビ」とつけられたのはアルジェント版、つまりロメロ監督は「ゾンビ映画」のつもりで作ってなかった
生々しいフィジカル表現やアクションシーンで盛り上げるなど、
今までのオカルトとは違う「ホラー」作品の出現に、人々は大きな衝撃を受けたのだった!
みたいなところだと思います
私はリアルタイムでは見ていませんが宣伝は結構覚えてます。
今までの恐怖映画で一番怖い作品といわれてた気が・・・
売りは、オカルトとは違うそのリアルさ、生々しさ。
とにかく雰囲気が怖すぎ
顔を青く塗っただけの人が写ってる写真も怖かったし、「未知の物」としての怖さもありました。

その頃のわたくしといえば怖い映画が苦手で、見に行こうなんて全く思ってなかったです。
その後は無事ホラーファンと化しましたので、超有名作はやはり観ておかないと・・・というわけで94年(ごろ)のディレクターズ何とかを見に行って
そこでいきなり大好きになってしまいました。
こんな素晴らしい作品を私はちゃんと観ていなかったなんて・・・

かつての私はその後徐々にホラーを克服し、むしろ見ていこうという方向性になって
今ではほとんどしなくなった映画のレンタルをいうものをしてみました。
その頃TSUTAYAみたいな大型チェーンは存在せず、個人経営のレンタル店がほとんどでした。
(駆逐されてしまいましたね。。。ホラーが並んでたマニア店も今は昔でさみしい)
専門店以外にレコ−ド店や書店でもレンタルを始めていて、私はある日一本のホラー映画をレンタルします。
生まれて初めて借りたビデオ。
書店の隅っこの小さなラックに並んでいる作品は十数本程度、その中からなんとなく、ジャケで決めました。
それはロメロ監督の「マーティン」という作品でして、
恐らく低予算で、何の特撮もメイクもアクションもなく
(あるけど派手ではない)、
自分が吸血鬼だと信じる少年が出てくるのですが本人がそう言っているだけで証拠はありません。
牙もないし昼間も行動していることについては本人が理由を説明します。
もし本当の吸血鬼なら・・・。
いやそんなものいるはずがない。
だがしかし・・・
彼を注目する神父の存在。
(牧師?カトリックではないかと思うので多分神父。プロテスタントなら牧師)

淡々とした進行、本人の主張という設定だけで物語が走る感じとか、
シンプルだけど色んな要素で恐ろしさが表現されていまして
予備知識なしで観てたのでラストの衝撃がものすごかったです。
彼がどっちなのかという認識によっても変わるかも。
観るつもりの人は検索なしの鑑賞をオススメします。
見る人によって、どう受け取るかで、印象は変わるのではないかと。
これはもう一回観ないとまずいんですけど果たされてません・・・

ホラーも好きですがじつはサイコサスペンスが大好物で
特に特撮とかメイクもなくしかしなんだか怖いやつとか、
こうだ!ということではなくどうとでも解釈できたりとか、
鑑賞後もやもやするやつがとても好きで、
これはまさにそのお手本的な作品だと思っています。
しかし好きなものって出会いが少ない・・・

ロメロ監督は2017年に亡くなっています。
好きだけどあんまり追わない追えない自分としては、なんだかんだでロメロ作品は割と観れてます。
GYAOアルジェント版で観たゾンビでも、映り込むものも含めて好きな画面だなと改めて思いました。
あの時どうしてファンタに来てくれなかったのかな、お会いしたかった。
素晴らしい作品をありがとうございました。



ブルーレイ出たんですね。こうしてみると怖そう。
実際はあんまり怖くないかも、不気味な、あやしい、雰囲気だと思います。
映像の古い感じが良いなあ。無リマスターむしろ有り難し。
ジョージ・A・ロメロ追悼企画 マーティン/呪われた吸血少年 特別版 Blu-ray PV
当時のジャケはドアからのぞくマーティンが注射器をくわえてるとかだったと思います。

941 回視聴 •2018/11/01
本日2019/11/10 さみしい・・・(´Д`)


そろそろブルーレイ買わなきゃだめかなあ・・・
稼ぎが生活に消えていくのでこっちはなかなか。
ラベル:ホラー
posted by ゆかわ at 01:13| 東京 ☀| Comment(0) | むかし話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年09月19日

漫画を描いて遊びたい

思えば子供の頃からそうで、思いついた話をどんどん描きたいので絵を描くのがまどろっこしくなるんです。
それでつい書き飛ばしちゃったりして、担任の先生に「もっとていねいにね」とかコメント書かれちゃったりして。
小2の頃ふとしたきっかけで、ノートに漫画を描いたら先生に見せるという習慣になってまして、先生は漫画を見たら毎回ひとことコメント書いてくれてたんです、丸をつける赤ペンで。
ちょっとピンクがかったふしぎな色味で、文房具屋さんには売ってない、学校の先生だけが持ってる不思議なペン。
あれ今でもあるんでしょうか。
(調べたら当時と形状は変わってましたが今でもあるみたい、そして買えるみたいです)
漫画は友達にも見せてたけど、この頃は先生に見せるのが楽しくて、コメント書いてもらいたくて、それで描いてたような部分もありました。
1〜2年生の担任だったのですが大好きな先生で、お別れの時は寂しかったです。

ずっと絵が問題なんですね・・・未だミッションクリアできず。
課題は、自分でやってて楽しめるように、飽きないように。


※先生ペンとか採点ペンとかいうらしいです。インクがミソらしい。
こちら参照させていただきました
うまのーと  先生ペン(プラチナ ソフトペン)のお話







posted by ゆかわ at 04:46| 東京 ☀| Comment(0) | むかし話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年06月09日

一万光年の筑波エキスポ

歌謡スクランブル ▽井上大輔(忠夫)作品集

昨日の放送。
ソロ作品以外は全部知ってます。
改めて、偉大な作曲家だったのですね。

この中で「一万光年の愛」は筑波万博のイメージソング、そしてヒデキの50枚目のシングルとのことで
当時もよくかかってたし知ってるけど、改めて聞いたらすごくカッコイイ曲でした。

西城秀樹 一万光年の愛

歌詞の内容などファンタジックなのでちょっとアニソン的な印象もあります。
ソフトなボーカルではとてもはまらないので、もし今の時代にカバーするならパワータイプのアニソン歌手の方がい−なとか
妄想してみたり

筑波万博は茨城に親戚がいたんでそこに泊まりがけで2日にわたって入場、楽しかったです。
そんななかたこ八郎さんの訃報も聞いたなとか。
つくば万博のパビリオン待ちの間にラジオで聞いた気がするんだけど、当時は携帯ラジオなんて持ってなかったし、大きいのを持っていってたのか?記憶違いか、ちょっと謎のイメージです。
待ち時間が暇だからとラジオを持ち込んだ可能性はあるけど・・・
ネット調べだと万博開催が1985年3月17日から同年9月16日、たこさんの命日が1985年7月24日、報道はこの後とすると時期的には合致します。

筑波万博には「コスモほしまる」というマスコットキャラがいて、近所の商手の店先にパチモンオモチャのガチャガチャがあり、なぜかそれが近所の子供らの間でスマッシュヒット、みんなでカプセルをガチャガチャしてました。
もこもこした素材のマスコットで、足下に両面テープがついてて自転車のハンドルにくっつけて走ってました。
短い布リボンが付属しておりにそこに色々なメッセージが書いてあり、エキスポ85とかなんとかみたいな、パチモンなんでいくつか種類があり、いろんなのを集められる楽しさも。
hosimary.JPG

万博開催の前段階だったので、公式グッズを見てない状態だった気がします。
かなり前から発表や宣伝が始まっていて、なんかやたら楽しみにしてました。

公式のは紺色なんだけどアニメだとピンクになってたんですね。
ピンクの印象は薄いです。

CM 科学万博 つくば博 コスモ星丸

結局公式グッズは買ってない気が・・・(´ー`)


32年間眠りつづけた「コスモ星丸」を発掘した
つくばエキスポセンターでは現役らしいです。
いつまでも輝き続けて星丸!




posted by ゆかわ at 05:45| 東京 ☁| Comment(0) | むかし話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年04月17日

漫画のルパン見たことありますか?

生島さんのラジオ聞いてたら訃報。

モンキー・パンチさん:「ルパン三世」の生みの親が肺炎のため死去 81歳
2019年04月17日
https://mantan-web.jp/article/20190417dog00m200000000c.html

ご冥福をお祈りいたします。

代表作は誰でも知ってるアレだし、アニメあるいは最近のコミカライズしか知らない人も多いと思いますが、
機会があれば原作も見て欲しいです。



一部ですが原作も読んでおりまして、けしからんことに当時小学生でして、なんでけしからんのかと言いますと、結構内容がエッチだったのです。
前にも描いたけど我が家は特にエロ閲覧を禁止しない家柄だったため、特に漫画でさえあればなんでも読み放題だったのです。
ビバ我が家。ありがとう父母。

アニメも恐らく子供向けの企画ではなかったはずだと思います。
原作は全く子供向けじゃないので。
っていうかアレを子供が読んでたら普通は怒られます。

それまで主に子供漫画を見ていた私に原作ルパンは衝撃でした。
驚いたのはエロ表現ではなく、その筆致。
ペンタッチです。
おそらく使われてたのはGペンでないかと思いますが(違ってたらすみません)
漫画とは、カブラペンとかロットリングなどを使って綺麗な線で描かねばならないものだと思っていたからです。
手塚先生や赤塚先生など、子供漫画のフィールドではそうだったんだけど、大人漫画ではそうでなくとも良かったみたいなんです。

その後私は「線をきれいに描かないと内容が良くても掲載しない」という方針の編集部と関わってしまったため地獄の火にあぶられすっかり燃え殻と化して余生を過ごして今ここなんですけど、

モンキーパンチ先生の絵は、線は、すごく、かっこいい!


昭和エロスの良さも再確認してるところだったりして、改めて、その表現活動の素晴らしさを噛みしめたいと思います。


レビューを見たところ、絵を見るにはこれがよさそうです。
当時の単行本が1〜2冊ぐらい実家にあると思うんだけど、あったらもしかして貴重かな?



posted by ゆかわ at 05:56| 東京 ☀| Comment(0) | むかし話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月28日

資料埋まり問題をどうするか。

前の記事で不動産の物件探しのページが資料として重宝する旨を書きましたが
これほんと便利で、外観もいくつか角度があったり、間取り図だけでなく中身の写真があるのがとても助かります。
(追記;からっぽの部屋なので家具はないです)
紙の情報誌だとスペースの関係で載せられないでしょうし、顧客として見た場合にも周辺写真まであれば、ここっていいところだな、住んでみたいなという気持ちになりますものね。
逆に、外観の写真さえなく間取り図のみという物件もあり、これはこれで気になったりします。
しかし考えてみれば実際に不動産屋さんに行くと、今までは家賃とか間取り図だけでまずは判断してたわけで、こちらの感覚も変わってきますね。

で、ネットがなかった頃の資料はどうしていたのかというのを思い出してみたのですが、

先ほど書いたように住宅情報誌も資料になりますし、新築で良ければ家のデザインを紹介する雑誌も出ています。
家具付きの内装写真があるのでこれも便利ですが、そのままは描けないのでどうしてたかというと、別のインテリア雑誌を参考にしていました。リアルで写真を撮ることもありますが中身がわからないため、外見のイメージはこれ、内装や家具はこれ、みたいに別々のものを参照することが多く、「私のお部屋自慢」みたいなものではできるだけ普通の人の部屋の配置、雰囲気などが必要なので、でっこでこのかわいいのとか個性的ではないものがよかったです。
雑誌ですが結構高いので、古本屋さんでもよく買いました。

私もこの手の本をいっぱい持ってますが見直すことはほぼ無くなりました。
埋まってるし。。。
ネット検索すると大概出ますし。

アシ先の作家さんがビデオプリンターを持ってて、テレビの録画画像などから直接資料を抽出!っていうのが凄く羨ましくて、
お金ができたしやっと買ったぞ・・・・という頃に
パソコンも買いまして、
プリントアウトのための用紙が結構高かったのもあり、憧れのビデオプリンターはほとんど活躍せず処分することに・・・・
せつない

と、このように資料集めには苦労していたわけですが、今は検索で簡単な分、無意識なぱ●りなどには気を付けねばなりませんし、歴史物なのに現在の場所をグーグルで見つけてうっかりそのまんま描いちゃうとか、あるあるです。
気を付けてください

ネット時代になって参考にするだけならなんでもありそうですが、それ以前の、ちょっと古めのものを見つけるのは難しいのでそこら辺は手持ちを生かしたいのですが、埋まってます。

問題なのです・・・
ううむ。 


明日の天気は はれるーや♪

こげよマイケル Michael, Row the Boat Ashore 黒人霊歌
posted by ゆかわ at 04:46| 東京 ☁| Comment(0) | むかし話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする